疑似被災者A君


あれって一体何だったんだろう?
と思うことが、誰しもいくつかはあるんじゃないかと思う。

 

私にとってそれは、小学1年生の避難訓練でのことだった。
それは私にとって最古の避難訓練で、多分校舎のどこかで火災が起きたという想定だったはずだ。
クラスごとに整列して、安全な廊下を通って校庭の真ん中にすばやく移動する。

上靴のまま踏みしめる校庭の土はなんだか不思議な感じがした。
人数確認が終わったクラスから体育座りで待つように指示される。
1年生から6年生までみんな神妙な顔をしているのが少しおかしくて、でもこれは避難訓練だから笑ってはいけないのだ。と思うと余計に「私は滑稽な行事に参加している」と自覚してしまってやっぱりニヤニヤしていた。

 

全校生徒が揃ったところで、校長先生が朝礼台に登った。
「訓練の開始から皆さんの整列が完了するまで〇分かかりました」という「皆さんが静かになるまで〇分かかりました」の亜種みたいな話が始まる。でも別に怒ってはないらしい。
日頃の訓練の大事さとか「おかしも」の話とか、たわいもない災害与太話がつらつら続いた。退屈な話だけれどなにぶん私にとっては初めての訓練なのでふんふん聴いていたように思うし、他の生徒も集中して校長先生をしっかり見ていた。

 

ふと、視界の端に動くものがあった。
担架だ。保健室の先生と女の先生が担架を担ぎ、私の隣の1年1組の先頭へ向かっている。なんだ?首を伸ばして目を凝らしてみる。
担架にはすでに人が横たわっていた。しかも頭全体と手足にぐるぐると包帯がまかれている。白い包帯にはところどころ真っ赤な血がついていた。

怪我人だ‼‼‼ さっきの訓練中に負った傷かもしれない、かなりの大怪我だ。
誰だろう?じっと見る。包帯のすき間から覗く顔や手足のヒョロ長さから考えて、1組のA君に違いない。なぜA君が。公文式一緒のA君がなぜこんな大怪我を。

 

しかし観察し続けているとどうにも事情が違うようだった。A君は担架を運んだ先生と小声で何か談笑しているし、先頭に近い1組の生徒はコソコソとしきりにA君に話しかけている。

どうやらA君は全く怪我していないようだ。本当にあれだけ怪我していたら担架の運び先は校長先生の眼前ではなくて総合病院が適切だろうから当然と言えば当然だった。というか担架じゃなくて救急車を呼べ。

 

ではなぜA君はあれほどの姿にさせられているのか。
もしや、「失敗例」かもしれない。
先生方は「避難に失敗して火災に巻き込まれるとこうなりますよ」
とA君 ──「疑似被災者」の姿を生徒達に見せる気なのだ。
なるほど、避難訓練がただの遊びでないと知らしめるには被害の様子を実際に見せることが有効だろう。それがよく知っている同じ学校の子であれば生徒にとってはなおさら怖い。実際に浮かれていた私でもドキッとしたのだから。

被災者役にA君が選ばれた理由はおそらくA君が1年1組の1番名前の順が早い男子だからだろう。こういう誰でもいいものは出席番号1番が犠牲になりやすい。

まだ生徒のほとんどはA君の姿に気づいていない。多分校長先生の話の最後でA君が担架ごと朝礼台付近まで運ばれて、失敗例として説明されるのだろう。「こうならないためにも日頃の訓練が大切です」と締めくくられて。

 

とその時、校長先生の話が終わった。終わってしまった。偉い先生がマイクを引き継ぐ。この先生が説明するのか?

しかし偉い先生は終了後のタイムスケジュールと学年ごとの校舎入り口の指示だけを手短にするとさっさと降壇した。最後に「上靴に土がついているので入り口の前に敷いてある濡れ雑巾でよく落としてから教室へ戻ってください」とつけくわえた。

 

え?A君は?放置?

 

それで終わりだった。多分A君が血まみれ姿であったことは全校生徒の1割くらいしか知らない。それだけ静かに担架が移動し、A君は呻きの一声もあげることなく、何事もなく終わった。

 

何なの?

 

私がいた2組の方が先に教室へ帰ったので、A君がどうなったかはわからない。担架で運ばれて帰ったのか、普通に歩いていったのか。包帯はいつ外したのか。

 

上靴の土を必死に落としている内に私もA君のことは忘れてしまった。

 

それ以降も小学校では年に1回か2回のペースで火事か地震避難訓練があったし、中学高校でも当然にやっていた。しかし「疑似被災者」はあの時から一度も見ていないし、どこの学校でもそんな訓練をしたことがあると聞いたことがない。
そもそも訓練とはいえさすがに小学生には生々しすぎる怪我の度合いだった。
けれど悪い夢だったのか、と聞かれれば絶対に現実だったといえる。

A君とは中3まで公文式が一緒だったが、長い間忘れていた思い出だったので結局あの日のことは聞けずじまいだった。

 

あれっていったい何だったんだろう?
ふと思い出してはまた記憶の底に沈む、ちっぽけだけど消去できない思い出だ。