仮免マリオカート

あんなに綺麗な景色を見たことがなかった。これからも、ずっと忘れることはない。

 

三月から自動車学校へ通い始めた。同い年の友人と比べると随分遅いスタートになる。

 

学科は順調にこなし、技能もスケジュールを縫って通うこと一ヶ月半、ついに第一段階の最終教程を終わらせた。

 

いよいよ仮免の試験だ、という三日前に夢をみた。仮免を受ける夢。

 

私は同い年くらいの大人しそうな女の子と二人で技能検定を受けることになる。
教官は顔は覚えてないが髪は生えてないような人だった気がする。最終教程の教官がそうだったからそれに影響されたのだろう。

 

検定スタートの場所までは教官が運転してくれるらしい。学校の外に車が停めてある。なぜか仮免の試験が路上での検定に変わっていた。動揺を隠せないまま後部座席に私と女の子が乗る。「座席の調整してね」と指示された。なんで? 後部座席で調整しても意味なくない? 疑問を隠せないまま座席をなんとなく前後させてよく分からないけれどいい感じに座る。シートベルトを締めた。

 

目的地まで滞りなく車は動いた。緊張が増す。車がとある道路の端に止まり、教官は私と座席を交代するように言った。私が最初に運転するらしい。指示通り車から降りて運転席へ。教官は後部座席へ。...いやおかしいだろ、助手席誰が座るの? 教官後部座席で見てるだけなの?危なくないか?

 

「さあ進んで。早くして」しかも座席調整を全くさせてくれない。教官は私がうまく調整した後部座席に座ってるからいいけれど、運転席は足を限界まで伸ばさないとブレーキに触れられないくらい離れた位置に設定してあった。後ろから教官のイラついた声がとんでくる。仕方がない、このまま発進するしかない。再び足を伸ばしアクセルにつま先で一瞬触れた。

 

70km/h出た。

 

教習コースでそんな速度出したことないが感覚で分かった。70km/hだった。

 

死ぬ!!
慌ててブレーキをかけようとしたが足が届かない。アクセルに再び足が触れてさらに加速する。ハンドルもほとんど利かず教習者が暴走車になり果てた。車体は道路の凹凸に合わせて上下にはね始める。視界が揺れすぎて前方が見えなくなったちょうどその時、ひと際大きく弾んで車が宙に浮いた。

 

見えるものすべてがスローモーションになる。道路が断絶されていた。空中に70km/hの速度でまっすぐ放り出される。

 

次に目に入ったものは、濃紺の空だった。上だけじゃない。すぐ目の前も真横も、真下も、空に覆われている。無数の星が光り輝いて、私の頬や手元を白く照らした。夜空、いや、それは宇宙空間だった。

 

そして遥か眼下には更に輝くものが広がっている。
それは七色のリボンのように見える。飴細工のように、サテンのように艶々していた。幅の広い、とても大きなリボンだ。長く長く前方へ続いていて、なめらかにねじれ、折れ曲がっている。
繊細に作られているように見えるが、布とは違いとても頑丈そうな質感をしていた。私の車が乗っても、たとえこのリボンの上を走っても、びくともしないだろうと思わせるだけの壮大さがあった。そうだ、見覚えがある、これは、

マリオカートレインボーロードだ…

 

http://tn.smilevideo.jp/smile?i=18646691.L

http://tn.smilevideo.jp/smile?i=18646691.L

 

 車が爆音を立ててリボン、いやコースに降り立った。確信した。私は今満天の星空の中、教習車でレインボーロードを走っている。70km/hで疾走している。

 

 「スピード落として!!」
教官の悲鳴に近い声が車内に響く。試験落ちたな、とこの段階で察した。というか横に座ってればお前がブレーキかけられただろ。ちゃんとしろ。

 

レインボーロードはもちろんガードレールがないので、コースアウトや脱輪は検定停止だけでなく死を意味する。そんなことは避けたいのでとにかくハンドルをコースの内側にきれるだけきった。

 

それがいけなかった。前方不注意、マリオカート名物乗ると加速する帯に突っ込んでしまった。70km/hの車体が倍々ゲーム的に加速していく。あまりのスピードにタイヤがすり減る、摩擦により火花が散る。教官と私の声にならない悲鳴が満ちる。

 

誰も止められない。コースには私の教習車しか存在しない。独走。
世界は全てが白く、または七色にきらめていた。

 

いつの間にか視界と記憶が霞んで、レインボーロードは消えていた。
気が付くと私は一般道を緩やかな速度で走っていた。「降りて」教官が後ろから言う。
「全然だめだよ、あなた」苦笑する教官は先ほどまでの爆走を覚えていないかのようにケロっとしていた。

 

恐ろしい時間だった。だがそれ以上に美しかった。七色のリボンと、深く青い静かな宇宙。

あんなに綺麗な景色を見たことがなかった。これからも、ずっと忘れることはない。

二度と、私以外の誰も、あの世界を体験できっこない。
髪のない教官と、教官の隣で最後まで無言で座っていた女の子以外は、誰も。